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Tatsuya@トロント留学

これからカナダに来る人に届きますように

オタワにて

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「あなた方家族への感謝は死ぬまで一生忘れません」

 

彼女はそう言って現れた。

 

彼女の名前はTさん。カナダに移住して早48年。若いころはオペラ歌手として世界を周り、今はここオタワで音楽教室を開いているのだそう。

 

「コロナのせいでオンラインで教えてるのだけど、初心者を教えるのが大変なの。ほら、発声の仕方とかって直接教えないとわからないでしょ?」

 

そう笑いながら話す彼女。その笑顔の中には、長いことカナダの社会で戦い抜いてきた確かな自信が宿っていた。

 

彼女は今年で65歳。17歳の時にカナダに日本の外交官のお手伝いとして渡航。以来そのチャンスをものにして音楽と共にずっとカナダで生活している。

その外交官というのが私の祖父にあたる。

 

「あなたのおじいさんは本当に厳しい方だった。怖かった。けど私の面倒をしっかりと見てくれていた。それに私は自分の出身の田舎が嫌で嫌で仕方なかったの。だからそれよりはマシ、二度と日本には戻りたくない、そう思ってずっとやってきたの」

 

ピアノで一生食べていくこと。それが彼女の夢だった。

そんな彼女には小学5年生のときにすでに親に決められた許婚の相手がいた。高校を卒業したら裁縫や料理教室に数年通ってそのまま結婚。そんな人生が待ち受けていたのだという。人生で一番自殺について考えていたのが高校生のころ。

そんな時に当時通っていたピアノ教室の先生のもとに、東京の外交官の方がカナダに行くにあたり地方出身のお手伝いさんを募集している、という話がきたのを盗み聞き。人生を変えるチャンスは今しかないと思って必死で聞きまわって応募したのだという。

 

「私はマイナス250からの人生だったの。だからどんなことがあっても、一生地元には帰らない、そう思って乗り越えられた」

そう語る。

 

日本の若者の海外離れという記事をふと思い出した。どうやら今の日本でマイナス250から人生が始まる人は減ったようだ。

 

 僕の祖父の感謝があるから彼女の僕への優しさがある(もちろん彼女が元から優しい人間であったことは間違いないが)。初対面の僕に対して、車で往復8時間の道を迎えに来て、泊まる家まで貸してくれたという事実だけでも、普通でない優しさ、感謝の気持ちが十二分に伝わるだろう。

 

 50年に渡る感謝のバトンを渡された気がした。そのバトンの重みは僕もよくわからない。

でも、優しさのバトンを受け取ったら、誰かに引き継ぎたくなった。自分ももっと誰かのために優しくありたい、そんな気持ちになった。こんな風に優しさが巡ってくれたらいいな。

 

 

翌日オタワの街を巡る。ヨーロッパのように美しく、そしてとても静かな街が広がっていた。小さいけれども、争いなど考えられないような平和な街。

オタワ川を渡りケベック州側から国会を見る。

 

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全ての人が幸せでありますように

 

素直にそう思った。

そんな気持ちになるような、安らぐ景色が確かにそこにはあった。

 

その日はThanks giving day。農作物の収穫に感謝するのがThanks giving day の起源といわれており、アメリカより北に位置するカナダではThanks giving day の日もアメリカより一ヵ月早い。

日本にはこれに対応する祝日が無いためイメージしにくいかもしれないが、こちらでは正月と同じくらいの重要な一日であるようだ。ターキーを食べてお祝いするのが一般的だという。

 

Tさんの家でThanks giving dayのお祝いをすることになったが、そこにはTさんの生徒さんもいらっしゃった。トロント大学で今は声楽を学んでおり来年からカルガリーでその声を活かして働くのだという。僕の無茶ぶりのリクエストにも快く応えてくれてその美声を聞かせてくれた。朗らかで明るい彼女からは考えられない、力強く奥行きのある彼女の歌声を聞いてると、彼女らの音楽への本気度が突き刺さった。

 

「日本にいるときは音楽でご飯を食べるなんて無理な夢は見るなと言われたわ。けど、たとえそれが1億人に1人でも可能なら、わたしはその1人に絶対になる、そう決めて行動し続けたの。実際日本では無理かもしれないけど、他の国ならもっと政府が芸術を援助していて音楽で食べてる人だってたくさんいるわ。」

 

Tさんはそう語る。夢を叶えるためには才能だって時には必要だ。しかし夢が自分を裏切ることはない。いつも裏切るのは自分の方だ。大きな夢を見続けて、その夢から逃げずに向き合い続ければ、いつか本当にすごいところまでいけるのかもな。彼女を見てたら本当にそんな気がしてきた。

 

今まで叶わなかった夢、叶ったかもしれない夢、実際に叶えた夢、いろんな「もしも」の世界がある。たまに考えることはあっても、結局すべては過去の話。いまそれらに対して自分ができることといったら、その運命を愛することくらい。

 

今、自分には新たな夢がある。未来のことはわからない。だから、一つ一つの戦いを全力で。

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